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このブログは永六輔こそ今いちばん面白いタレントだという認識の下、ただひたすら永六輔についてのみ書き綴る特殊ブログです。 このブログの記事はTBSラジオで土曜午前8:30から放送されているラジオ番組「土曜ワイド永六輔その新世界」の感想文と膨大に存在する永六輔の著作の書評によって主に構成されます。 なお、文中で「先生」という代名詞がインフレを起こしていますが、これはもちろん、永六輔先生を指しています。 カテゴリ
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2007年 02月 26日
読売新聞2月23日付夕刊によると、3月2日の「徹子の部屋」に永六輔先生出演とのこと。
超特別ビッグゲストとしてオオタスセリも出るよ! ![]() 写真は読売新聞より
2006年 12月 18日
何とWinnyの話題が出た。
まさか「新世界」でWinnyが出るとは思っていなかったので驚いたのだが、案の定というか言うまでもなくというか、先生はWinnyのことはさっぱりわからないので、つボイノリオに教えてもらったそうである。それによるとWinnyとは「自分の書棚を勝手に他人に見られちゃうようなもの」であるという。その後、その話を林家彦いちにしたところ、「いや書棚ではなくて図書館みたいなものなんです」と言われたとのこと。しかし先生は結局Winnyのことをしっかり理解できないでいた。 ここで三太郎の登場である。 これは勝手な思い込みだが、三太郎はWinnyの使用経験がありそうな気がする。その三太郎は「今回の有罪判決はフリーマーケットの仕組みを考えた人が罪に問われたようなもの」とだけ言って違法コピーの問題にはまったく触れないでいた。罪の無い人が罰せられたみたいなニュアンスで、何にかこうWinny擁護のようにも聞こえ、やっぱりちょっと怪しいんじゃなかろうか。 乙女探検隊のコーナーのゲストは昭和のいるこいる。 いつものようにゲスト絶賛のお便りがいくつも紹介されるが、それらの中に「絶対にシモネタをやらない」というのがあって、それを読んだ先生は「そうですね、最近の若い芸人とは違ってそこが偉い」と言っていた。 「新世界」にありがちなやりとりであるが、たぶん先生的にはシモネタは笑いとしては最下級で、その対極に政治風刺とか体制風刺があるんだろうな、と考えると実にいたたまれない気がする。 なおこのコーナー終了後レポーター嬢たちのいずれもが"のいるこいる"の「はいはいはいはいはいはい」という独特の喋り方を真似していて、その空気の読み具合のうまさに改めて感嘆した。 健康三ちゃんのコーナー。テーマはユズ湯。 ユズ湯の起源や効能についてあれこれ説明した後、「ではここでお二人にユズ湯に入っていただきましょう」と言い出す三太郎。これを聞いて外山アナは驚いて「ちょっと、ちょっとちょっと」と言ってから「永さん、これは今度の電話相談室で永さんと共演する"たっち"という若い方の持ちネタですから覚えといてくださいね」と説明していたが、たっちは電話相談室ではどんな質問を担当するのだろうか。 なお「ユズ湯に入ってもらう」というのは外山アナに対する三太郎なりの求愛(セクハラ)行為で、実際は韓国産のユズ茶を飲んだだけであった。 またコーナー終了後、「そういえば"ゆず"っていう歌手いた?」と尋ねる先生に対し外山アナは「いた?じゃなくて今もいます。勝手に解散させないでください」と言い、三太郎は「かわいい二人組みですよね」と言った。 三太郎は「ゆず」を女性グループと勘違いしているのか、あるいは成年男子も「かわいい」対象と見なす感性の持ち主なのか。あのねっとりとした声質からして、後者が正解なんじゃないかと私は邪推する。 ラッキィ池田のレポート対象はSL村であった。SLとは何の略語か、とラッキィに問われて「Steam Locomotive」と即答する先生。こういうところで人々は騙されるんだろうなと思った。
2006年 12月 05日
皆さんご覧の通り、ここしばらく更新が止まっております。
ひとえに私の怠惰のせいです。当分は以前のような定期的な更新はできないと思います。 過去数回の放送分のメモなどはあるのですが、それらを他人様にご覧いただけるように再構成する手間もかけられない状況なので、過去何回かの放送のうち、どうしても書いておきたいことだけを書きます。 矢崎泰久という人は「ウホウホ」とゴリラみたいな話し方をするので、時に話が聞きづらいときがある。そして矢崎が「これから面白い話をするよ」と意気込んでいるときはそのウホウホ度が強まるので、さらに聞きづらい。ゆえに、矢崎の面白い話は結構聞き漏らしてしまう。 以上。 追伸、当ブログについて何かとご心配くださった方にこの場を借りて厚くお礼申し上げます。当面は現状を維持していきたいと思います。
2006年 10月 31日
乙女探検隊のゲストは福留功男。きっと数々の腹黒伝説が聞けるのだろうと思っていたが、お恥ずかしいことに寝過ごす。
沢竜二によるコーナー予告再登場。国定忠治を熱演しながら番組案内をする。その中で巨泉を含めゲストなど出演人物はすべて「さん」付けであったが、ラッキィ池田だけ呼び捨てだった。笑いの中にも潜むこの厳格さ。芸道の険しさというものを垣間見たような気がした。 交遊録のゲストは巨泉。コーナー冒頭、巨泉を賞賛する、あるいは待望する投稿がいくつか読み上げられる。私にとって現在の巨泉とは「声がデカい裸の王様」に過ぎないのでこの歓迎ぶりは非常に奇異。 野球の話が出た際に「巨泉さんは現在の野球衰退を予言した」と言い出す先生。巨泉によるとテレビ中継の過剰な実況と私設応援団がその元凶らしいが、日本人の意識変化や趣味の多様化といった事象の前ではそれは非常に瑣末な問題だろう。 ディープインパクトの話題が出る。国際競馬に日本の馬が出て皆がそれを熱狂して騒いでいるのはナショナリズムの台頭であってこれは小泉と安倍が悪い、と語る巨泉。巨泉は日本の右傾化を非常に憂慮し「選挙の投票率が46%、一票の格差は四倍以上ある。これは国民に非がある」と横山やすし先生と同じ結論に至る。競馬から競艇への見事なパラダイムシフトである。
2006年 10月 28日
矢崎登場。そして登場するなり、神妙な様子で謝罪の言葉を口にする。前週、イベント「歌浄土」の告知内容が不十分だったことに対してである。
矢崎が言うには「詳細を知りたい」という問い合わせの電話がTBSに殺到して迷惑を掛けたためということになっていたが、実際は会場として発表した本願寺に同種の迷惑を掛けたからであろう。 その後、矢崎は突然北朝鮮の核開発について語り出す。 制裁論に対して「北朝鮮が暴発するといけないから、追い詰めてはいけない」と宥和論を展開。そして北朝鮮に核を放棄させるためにはまずアメリカが核を放棄すべきだという奇策を披露する。その奇策の根拠になっているのは「核抑止力なんて存在しない」という矢崎ドクトリンである。 さすが矢崎。身を殺してギャグを成す見事な発言である。先ほどまで「北朝鮮の暴発」を恐れていたが、それって見事に北朝鮮の軍事力に恫喝された発言である。北朝鮮の旧式の戦車や戦闘機ですらこれほどの抑止力があるのだから、いわんや核兵器においてをや。こういう捨て身の高等ギャグをかましてくるから矢崎は恐ろしい。 通販のコーナー。取扱商品はパソコン学習セット。 パソコンの便利さを諄々と説く外山アナと三太郎。 一方、「でもね、パソコンをまったく知らないというのも重宝されるんです。粋ですねぇ、と感心される」と語る永先生。広告完全否定である。 「びっくり箱」のコーナー。テーマは「最近聞かれなくなった言葉遣い」。 投稿された中に「来たかチョウさん、待ってたホイ」という言葉があった。「チョウさん」=「張さん」or「趙さん」を連想して「おい大丈夫かよ!」と思ったが、三太郎が言うには「チョウさん」とは長嶋茂雄のことだそうである。「おい本当かよ!」と思ったが、どうも三太郎の意図的妄言のようだ。その後聴取者から「猪鹿蝶」の「チョウ」であるとの指摘があり、スタジオは大いに納得し、私もラジオの前で膝を打った。そして同時にすぐに差別語・放送コード的な連想をしてしまう自分の不明も恥じた。 他に「成敗」という投稿もあった。それを聞いて違和感を表明する外山アナ。「じゃあ、あなた使うの?」と先生に聞かれて、「いや使いませんよ。したいときはありますが」と答えていたが、誰を成敗したいのだろう。たぶん三太郎だろう。 そしてなぜか最近の嫌な言葉を挙げる投稿が読まれ始め、その中に「エロかわいい」という言葉があった。これには外山アナが異常に反応し、盛んに「エロかわいい」を批判していた。思うにこれは嫉妬みたいなものも含まれているのだろう。この思いは私以外の大勢の人々にも共有されたらしく、その直後に「外山さんはいくつなんですか」とエロかわいくなりたいと称する女子小学生から挑発的投稿が来た。外山アナは「倍以上…」と答えていたが、あまりに残酷である。また一方で「エロかわいい」は「えろうかわいい」という関西弁的表現だと思えば腹が立たないとの投稿が読み上げられた。当意即妙とはまさにこのことだろう。
2006年 10月 23日
「乙女探検隊」のゲストは片桐はいり。
例の如く葉書職人たちによる片桐情報ご注進の数々。ただしそれらは若いころ所属していた劇団がどうのこうのというものばかりで、肝心の情報が抜けている。片桐はいりと言えば「笑っていいとも大遅刻事件」でしょう。そうですよね?閲覧者の皆さん!あと片桐且元との関係も気になりますがどうなんでしょう。 このコーナーは東京およびその近郊での中継コーナーであり、この週の中継現場は大森であった。大森のあれこれを紹介しているときに、レポーターが大森にゆかりがあるという尾崎士郎の文章の一説を暗唱していた。レポーター稼業というのも大変だと思った。 次週のゲストは福留功男。「僕は福留さんとはまだ一度もお会いしたことが無いんですよ」と語る先生に対し「大丈夫ですか?後で実は…なんてことは無いでしょうね?」と念を押す外山アナ。一般にボケとかツッコミというのは事前の打ち合わせがあるにしろその場の呼吸でにしろ、結局は作り物である。しかしこの場合は本当にボケて本当にツッコミ(あるいは心配)をしているわけで、ここには真実の言葉がある!と言えよう。 江戸しりとり歌の話が出る。「この中には今では使ってはいけない言葉が含まれています」と先生は言っていたが、具体的にどの言葉がアウトなのかの説明は無し。三韓征伐を連想させる「神功皇后武内」かなあ、と個人的に思ったが、さすがにそれはうがちすぎだろう。 さて、こういう古めかしい言葉と来れば、外山アナの無知プレイである。「煙草盆」がわからない、「神功皇后」がわからない、という感じで無知無知し、先生の啓蒙欲を大いにくすぐっていた。
2006年 10月 10日
寝坊により「乙女探検隊」を聞けず。無念。
気象予報士の大野さん復帰。その紹介として「さて気象予報士の川端さんは性転換しました」と言う先生。 午後のゲストに矢崎登場。 初めに矢崎に憧れるという奇人の手紙が紹介される。かっこいい、交友範囲が広い、反権力を貫いている、というのが憧れの理由。私にとっての矢崎は「胡散臭い幇間」という程度の認識なのでその矢崎に憧れるという人の存在にびっくりする。 自分がプロデュースのイベント「歌浄土」の宣伝をする矢崎。しかし矢崎は「これは宣伝ではない」とうそぶく。「まだ決定事項ではないから宣伝ではない。皆が喜ぶ知らせだから宣伝ではない」という論法なのだが、この後者の言い分は実に「新世界」的。俺は正しい、だから俺は何やっても許される、というのはアルカイーダとかオウムとか世間に受け入れられなくなった挙句すねて暴発した連中と同じ論理であろう。 先生と矢崎による新首相批判。答弁で「しっかりと」という言葉を多用するのは本人がしっかりしていない証拠、「と思います」という言葉を多用する奴は信用できない、などと揚げ足取り以前のひどい言いがかりばかり。坊主憎けりゃ、というやつだろう。 ここですばらしいやりとりあり。 永 「私は矢崎さんの言うことには素直に従うことにしている。老いては子に従えとい う言葉があるくらいだし」 矢崎 「俺、子なの?」 身分をわきまえず言うが、お前ら最高! ワークインプログレスの話をする先生。 先生は前進座に対する自分の介入もワークインプログレスだとうそぶくが、前進座の人たちの本心はどうなんだろう。「迷惑がっている」に700カノッサ。 番組の合間のDOCOMOのCMに毒蝮が登場!しかも挑発編と優しいささやき編の二部構成! それにしても弟子を送り込むだけでなく、番組を欠かさず聴取し時には投稿してくる毒蝮。これにCM出演という要素まで加われば、これはもう位人臣を極めたというもの。「新世界」における正一位摂政関白太政大臣である。 明解三ちゃんのコーナー。テーマは「老人と年寄りの違い」。 はっきり言って他愛ないテーマなのだが、「毒蝮がジジィババァと呼ぶのは85歳以上の人間に対してのみ。この前、ジジィと呼んだ相手が自分より年下だった」という毒蝮情報が聞けたのは収穫だった。 禁煙車があるなら禁酒車を作れ、と訴える先生。 この前新幹線に乗ったら酔っ払いがうるさかったからだそうだが、それを語りながら「鮭は偉いよな、故郷に忘れず帰って。それに引き換え俺たちときたら…」というその酔っ払いたちのどうでもいい会話を延々と再現する先生。サービス精神というやつである。 「びっくり箱」。テーマは「こういうお年寄りになりたい」。 具体的な人名を出す投稿多し。内田百閒の名を聞き「この人は怖かったなあ」と語る先生。面識あるのかと驚く。 先代林家正蔵という投稿。それを聞いて突然その物真似を始める先生。笑点で木久蔵の演じる林家正蔵とそっくりだった。両名とも上手ということなのだろう。 キレる年寄りが多いという話。その原因は社会不安や医療費自己負担率引き上げなどだろうと推測する先生。要するに政治が悪いというのが結論だった。そしてこれに絡んで政治批判の投稿が読み上げられる。「マザコン坊やの次は坊ちゃん育ちが首相になって日本は不幸」という内容。小泉がマザコンという話は初めて聞いた。小泉はマザコンではなくてシスコンではないのだろうか。 再び本題。金子兜太という投稿。先生は金子に会うたびに「永くん、尿瓶を使っとるかね。良い年寄りは良い尿瓶を持つものだ」と言われ続け、この前ついに尿瓶をもらったそうだ。なお、まだ使っていないそうである。それにしてもさすが俳人。名台詞を吐くものである。 ここでもすばらしいやりとりあり。 永 「西条八十や野口雨情、北原白秋はいろいろな歌を作っているんです」 矢崎 「永さんもね」 永 「私は自分のことは自分では言わない。でも誰かが自分のことを言ってくれた らとてもうれしい」 身分をわきまえず言うが、お前ら最高! 今週のラッキィ池田の中継のテーマは太巻きだったのだが、それに絡んで矢崎が突然山本直純の話を始める。山本直純が馴染みの寿司屋で自分の好物ばかりを巻かせた「直純巻き」というのを作らせていたという話。 その話が始まったのは番組終了直前の午後12時57分のことであり、「矢崎、貴様、番組進行のことをもっと考えろよ!」と素人の私ですら憤ったが、その際、山本直純がこの番組のためにラジオ体操を作ったという話が出てきて大いに驚く。というか聴取歴の浅い私にとっては非常な収穫であった。なお体操の振り付けはラッキィ池田であったとのこと。 どういう経緯で、どういう体操ができたのか。ご存知の方がいらっしゃったらご教授よろしくお願いいたします。
2006年 10月 09日
・ラッキィ池田のレポート先は群馬県の「ホテルSL」。その名を聞き間違えて「えっ!ホテルSM?」と驚く先生。SMという概念が七十過ぎの老人にも通用するというのは普通のことなんだろうか。それとも特殊事例なんだろうか。
・ホテルSLまでの交通ルートを教えてください、と要求する先生であったが、リサーチの不備かラッキィはなかなか答えられず先生が苛立つという一幕があった。思うにこれは両者のレポート観の違いによるものだろう。先生は「この中継を聞いて現地へ行きたくなる人が大勢いるに違いない、そのためにも…」という思想だが、ラッキィの場合は中継そのものの充実に重きを置いてその情報の二次利用はさほど考慮していないのだろう。持久力と瞬発力、どっちを取るかという問題である。 ・通販のコーナー。取扱商品はヨネックスの靴。先生から「ヨネックスの社長の奥さんとは疎開先で一緒だった」という非常に味わい深い発言があった。疎開トークこそ高齢者の特権である。 ・「びっくり箱」のコーナー。テーマは『私が感動した美しい○○』。 ・無論、安部晋三の「美しい国」を踏まえてのテーマ設定である。そのため「美しい日本を政治屋と官僚が壊してしまった」というようないかにもな投稿が相次ぐ。また「安倍の『美しい国』は川端康成のパクリ」という批判も出るが、これも坊主憎けりゃ、だろう。パクリというか川端の言葉を意識して敢えてやってるんじゃなかろうか。かつて大江健三郎はノーベル賞受賞の際に「曖昧な日本の私」と言ったが、「新世界」ではこれもパクリだと糾弾されるんだろうか。 ・もちろん床屋政談だけでなく他の投稿もあった。猫の歩き方、湧水、笑顔、里芋の葉の上の水滴...。最後に挙げたものは良い意味で「新世界」的と言えよう。 ・「交遊録」のゲストは沢竜二。沢がイベントの告知を始めたら「せっかくなので大衆演劇の口調でやってくれ」と命令する先生。沢は「斬られて死にそうな役」の口調で見事告知をやり遂げた。 ・宝塚歌劇の話題が出る。「宝塚を気持ち悪いと言う人もいますからね」と言ったあと「僕じゃありませんよ!」と強調する先生。 ・次週予告のコーナーで「来週のゲストは全然知らない人だから気が楽だ」と言い出した先生を「ちょっと、永さん!まだ本番中なんですよ!」とたしなめる外山アナ。まるで介護施設の一幕である。
2006年 10月 01日
・今週の「新世界」はTBSの局策映画宣伝特番のため、正午で終了とのこと。
・それについて「今日はお昼をお昼の時間に食べられていいね」と喜ぶ先生。一方の外山アナは「私、悲しいんですよ」と語る。思うに外山アナの思いは本音であろう。普段の言動からしてこの番組における外山アナは本当に生き生きとしている。それは永六輔、野坂昭如といった偉人たちとの愉快な交流もさることながら、「新世界」にいる限り外山アナは永遠にアイドルでいられるという事情もあるからだろう。 ・この日の先生は放送が終わったら職人関係のイベントがあるので新潟県燕三条へ赴くという。 ・削り花がどうのこうの、と言い出す先生。またあのグダグダをやるんだろうか。あと、「削り花」という単語はちゃんと外山アナに通じているんだろうか。 ・「乙女探検隊」のコーナーゲストはノッポさんこと高見映。番組冒頭のコーナー予告では時間が限られているのにノッポさんがタップダンスまで披露したため、永先生が少々苛立つ。サービス精神の塊と塊がぶつかり合うサービス精神のアメリカンクラッカー状態である。 ・「永さんとは同じくらいの背丈」と語る高見。先生がノッポさんに匹敵する身長の持ち主であるという事実に驚く。また「ただし永さんはお腹が出ていますけど」とさり気なく付け加えるノッポさんの黒さにも驚く。 ・「永さんにお会いするのは今回が初めてではない」と語る高見。しかし先生にはその記憶なし。 ・かつて高見がミュージカルの仕事をやっていたとき、先生に「高見というすごい人がいる!」と激賞されたのだという。高見は以後それを励みに生きてきたとのこと。しかし、激賞しておいてすっかり忘れるとは何事なんだろう。ノッポさんも気を悪くしたのではなかろうか。
2006年 09月 30日
・この週のラッキィ池田は水族館からの中継。途中、中継が何度か途切れる。その様を見て「この水族館にはエイがたくさんいますからねぇ」と語る先生。エイが電波を発して…というような俗信や都市伝説でもあるのだろうか。
・国旗国歌訴訟に関して先生的国旗国家論が語られる。イデオロギー論争の前に歌としてデザインとしての妥当性を論ずべきではないかというのが先生の意見。 ・先生によると、「君が代」は雅楽の旋律に歌詞を無理やりはめ込んだから歌が間延びして歌いづらい。しかし曲や歌詞自体は良いものだから歌い方を変えよ、と先生は主張する。具体的には曲の前半部で早口で歌い切ってしまえば良いとのこと。この新アイディアは別として、ここで「君が代の歌詞は良いもの」と断言してしまえるところが先生のすごいところだと思う。ただの反体制・反権威でない一筋縄でいかぬ懐の深さ。こういうのを「食えないジジィ」と呼ぶのだろう。 ・国旗に関して「日の丸は徳川の旗。だから戊辰戦争でも幕府軍は日の丸を掲げて菊の旗の新政府軍と戦った。すなわち賊軍の旗である。しかしそれが今では国旗になっている。一方でパスポートには菊の紋が入っている。こういう矛盾をまず論じろ」と語る先生。先生にしては珍しく嘘を言っていない。「日の丸=近代日本の暗部の象徴」という反対派による定義への異議、と私は受け取ったのだが、先生の真意は何だったのだろう。 ・なお、パスポートに菊の紋が使われていても何もおかしくはない。先生は国旗と国章を混同している。アメリカには星条旗とは別に鷲をあしらった国家の紋章があるように、欧米には国のシンボルマークとして国章という概念がある。日本の場合、伝統的に国家の紋章という概念がないから、皇室の紋章で代用しているだけだ。もっとも、先生にしたら「ならば新しく国章を作ればいいじゃない」という展開になりそうだが。 ・通販のコーナー。取扱商品はトイレの改装サービス。 ・自宅の和式便所を洋式に変えてとても快適になった、と語る三太郎。ええっ、そんなことにまで体験記を語れるの?と大いに驚く。三太郎は取扱商品の大半についてその使用感想を語るが、これは役得とかマージンとかそういった黒いものとは無縁なんだろうか。 ・明解三ちゃんのコーナー。「白兵戦」を「白熱した戦いのことでしょう」と推測を交えて説明する三太郎。 ・もちろんこれは大間違い。「白兵」とは「刀剣」の意で…、とこのブログに書こうかなと思っていたら、9月30日の放送でしっかり聴取者からツッコミが入っていた。 ・前の放送で「226事件」を「にいにいろくじけん」と発音したら、その後街頭で一般人に「ににろくじけん」と発音すべきだと指摘されたという話。世の中には偏屈を越えるスーパー偏屈がいるのだなと思った。 ・「フランスでは人前でお化粧をする人は売春婦と見なされるから、そういう人を見かけたら『いくらですか?』と言ってやればいい」という投稿あり。 ・先生はそれを素直に感心し、外山アナはそのことを昔から知っていて常に意識していたという。この一連のやりとりを聞いて私は非常に悔しかった。なぜ先生は「ここは日本だ!」と言ってくださらなかったのか。こういう「おフランスがいちばんざんす、シェー!」というイヤミみたいな連中を斬ってこその永六輔ではあるまいか。 ・五右衛門風呂の話題が出る。 ・「石川五右衛門って知ってる?」と尋ねる先生に対し「ルパンのなら」と答える外山アナ。また先生を喜ばすために無知プレイをしているよと思ったが、その後「そうかルパンか」と言った先生にも驚いた。まあ別に七十過ぎの老人がルパン三世を知っていたってそれほど珍奇ではないのだろうが。 ・五右衛門風呂の説明をする三太郎。その後、「一緒に入らない?」と外山アナに言って「嫌です」と一蹴される。私は三太郎のあの粘質の声色はこういうセクハラ的なことを言うのに最も適していると思う。
2006年 09月 24日
前進座の帰りに太田スセリと出くわしたので日本橋の蕎麦屋へ寄ったと語る先生。
その蕎麦屋で「たぬき!」と太田が注文すると、店主は「うちは狸だの狐だの人を騙すようなものは置いてありません」と怒ったという。「その代わりナポリ風ピッツァならございます」という展開だったら面白いがさすがにそれはなし。 番組の合間に聖教新聞のCM。 先代市川海老蔵について「当時のエビ様人気というのは今で言うところのヨン様みたいなもの」と説明。 「六輔交遊録」のゲストは保健の山ちゃん先生。ネットでざっと調べたのだが、九州で養護教諭をしている山田泉という方らしい。「いのち」について個性的な授業をしているようだ。 さて、「新世界」にゲスト登場といえば、お馴染みの展開が待っている。ゲストにおもねったりそのゲストに関する知識をひけらかして自己アピールしたりする葉書職人たちの欣喜雀躍である。今回特に際立っていたのは東の横綱「上尾のアライ」氏。なんと山ちゃん先生本人から「こんど永さんのラジオに出ます」という内容の手紙をもらったと投稿してきたのである。何だお前らぐるかよ、とその濃厚な内輪臭に辟易する。 なお今さら言うまでもないが、葉書職人西の横綱は偏執卿こと「八王子めじろ台のミネオ」氏である。 通販のコーナー。扱う商品は体脂肪率測定器。ついでに体内年齢も測ってくれるそうで、それによると三太郎の体内年齢は二十代だという。私は常々三太郎から生臭さみたいなものを感じていたので妙に納得するともに大笑いしてしまった。 なお外山アナは「あとでこっそり測ります」とのこと。 また外山アナは「リスナーの皆様には健康でいていただきたいですね。ホントに!」とも発言。ホントに、という箇所は本当に気持ちがこもっていた。聴取層を見事に反映した至誠の言と言えよう。 「明解三ちゃん」のコーナー。 扱うのは「役」という言葉の語源。三太郎は「役」の意は「遠い所へ行かせて辛い目に遭わせること」と説明。それを聞いた永先生は「それじゃあ靖国神社ではなく役国神社と呼べばいい」と言った…。 まあ、よくある展開である。しかし恐ろしいことはその後に起きた。「役国神社」を聞いた三太郎はそれをつまらぬギャグだと理解したのか「はあ、疲れているんですね」と言ったのである!先生の渾身の政治的プロパガンダをそんな風にぞんざいに扱ってこりゃあ血の雨が降るぞと戦慄したが、先生は本当に疲れているのか三太郎のかつてない侮辱の言葉を完全にスルーした。 都腰巻の話。「都腰巻というネーミングは都新聞(現・東京新聞)に由来する」と得意げに語る先生。その後、「都腰巻の『都』は『はなやかな』という程度の意味で付けられたのであって都新聞とは無関係」という投稿が現れた。どちらが正しいのか不明だが、先生はずいぶんうろたえていた。 山ちゃん先生は午後にも登場した。そこでは「こういう言葉知ってる?」というトークになったのだが、山ちゃん先生は呆れるほどに言葉を知らない。「戸袋」だけならいざ知らず、「雨戸」すら知らないという。山ちゃん先生は「保健所のおばちゃん」と永先生から呼ばれていたので相応の年齢だろうに、あまりにもひどすぎる。思うに教えたがり屋の永先生を喜ばすために無知を装ったのだろう。無知プレイである。しばらくすると普段の役回りを奪われまいと外山アナまでが「私もそれ知らない」などと言い出し永先生を奪い合う展開になった。スタジオはちょっとしたキャバクラと化していた。
2006年 09月 14日
・乙女探検隊のコーナーのゲストは植物学者の多田多恵子。小石川植物園からの中継だったが、小石川植物園が東大付属なのか東大理学部所属なのかに異様にこだわる先生。入園料収入が誰のものになるのか気になって仕方ないようだ。
・ラッキィ池田と自分との間には明確な上下関係が存在する、という話のついでに「儒教には上下関係しか存在しない。中国や北朝鮮の権威主義的な政治体制はその影響。また彼らは漢字や雅楽といった大陸・半島発祥の文化を持つ日本人を見下している」と語る先生。他の人間なら絶対に中華思想という用語を使って説明するだろうが、そういう専門用語を使わずに説明するところが先生の流儀。わかりやすさを重んじるサービス精神である。 ・石井好子の祖父について語る先生。その名をしっかりと聞けなかったのだが、財界人で足尾に古河庭園を造ったとか言っていたから古河財閥の誰かだろうと思っていた。だが、調べてみたところ石井の祖父は久原房之助という人で、この人は古河庭園とは無関係のようだ。とんでもないブラフである。 ・先生によると、この久原房之助という人物は農村救済を唱える青年将校たちに共鳴して226事件を支援し、それで咎めを受けると今度は孫文の支援を始めたという。しかし226事件は1936年の出来事で、孫文の死は1925年である。先生の話はわかりやすいが、平気の平左で嘘を混ぜるので真面目に聞いてはいけない。 ・あと226事件について触れたときの先生は「農村復興」のスローガンの一点のみで青年将校たちを肯定的に評価していたが、そういうところがよくわからない。スローガンが正しければ武力行使をやってもいいというのなら、大東亜戦争やアメリカの中東政策だって肯定できてしまうと思うが…。 ・ゲストに久米宏がやってくる。そのトークの内容よりも、先生が三人称のときは久米を「久米君」と呼ぶのが気になった。大橋巨泉が石坂浩二を「へーちゃん」と呼んだりビートたけしを「たけ坊」と呼ぶことで相対的に自分を権威付ける相対性理論を先生も実践しているのだろう。 ・びっくり箱のコーナー。テーマは「これを持っていると落ち着く」。 ・ラジオと回答するおべっか使い多し。恥を知れ、と本気で思う。悪い意味で「新世界」らしい展開。 ・針道具という回答も目立った。こちらは良い意味で「新世界」ならではの展開だと思う。
2006年 09月 04日
・乙女探検隊のコーナーのゲストは姜尚中(カンサンジュン)。
・オリンピック開催都市の選考会で福岡応援演説をした姜。それにカラんだ石原慎太郎に対し「失礼な奴だ」と斬って捨てる永先生。 ・子供電話相談室のCM。その中に大勢の子供たちが「セーノ」と叫ぶ箇所があった。それを聞いて「セーノ、の由来って何?」と言い出す先生。外山アナは「『一斉の』の『セーノ』では」と答えるが、先生はそれを信じようとせず三太郎に調査を命じる。明らかに外山アナが正しいと私は思ったが、果たしてその後の三太郎による調査結果も同じであった。 ・戦時中「不思議な空襲」を経験したが先週の放送を聞いてようやく納得することができた、という女性からの投稿あり。周りの人にその空襲の話をしても誰も信じてくれず、戦後の今に至るまでずっと不思議に思っていたという。投稿内容を聞く限り、女性は空襲の日付をしっかり記憶(あるいは記録)しているようだ。ならばちょっと調べればすぐに氷解するような謎だと思うが、思うにこの女性にとってはわざわざ自分で調べるほどの謎ではなかったのだろう。 ・「ドゥーリトル」という単語を連呼して得意げに語る先生。前回も書いたが、最初先生の口からは「ドゥーリトル」のドの字も出てこなかったのである。なのに誰の入れ知恵か知らないが、突然専門家のように「ドゥーリトル、ドゥーリトル」と自慢げに連呼する先生の姿は何かこう「かわいい」としか記述のしようが無い。これを専門用語でドゥーリトル先生こうかわいい記と呼ぶ。 ・「道の駅」のコーナーでドラゴンフルーツ栽培農家を紹介。そのとき先生から「この番組は農業応援番組です」とのお言葉あり。 ・私は以前ホワイトバンドの存在を知ったときその胡散臭さ(寄付が直接届かない点)に呆れたが、先生がやっていることもホワイトバンドと変わらないなと思った。世論形成とか人々の意識を変えるということの重要性を無視するつもりはないが、それが商売とか自分のキャラ立てと絡んでしまっているのを見ると、素朴な正義心がちくちくと刺激されるものである。 ・番組放送中、私は所用があり外出してしまった。その後、外出先でちょっとラジオを聞けたのだが、ヨイトマケの歌がどうのと言っている。あの名曲が「新世界」で流されたのでしょうか?(番組の公式サイトを見ても確認できず) ・次回の「びっくり箱」のテーマは『これを持っていると落ち着く!』だそうだ。 ・「永さんは何を持っていると落ち着きますか?」と尋ねる外山アナ。そして「大量の小銭」と答える先生。さすが戦中派よ、と何となく納得する私。
2006年 08月 27日
・横浜市立大医学部定員増員の陳情書類を入手したのでそれを読み上げる先生。
・横浜は人口八百万の日本第二の都市なのに医師不足は深刻だという話。そしてそれを先日の産婦人科病院の無資格行為事件と関連付ける。 ・その後聴取者より「八百万は神奈川県の人口であり横浜市の人口ではない」とツッコミあり。 ・早稲田実業は1942年に空襲されたという話。当局から緘口令が出てこの空襲の記録は早実にしか残っていないと語る先生。 ・その後、聴取者よりツッコミがあったらしく、それまで先生の口からは一言も出なかった「ドゥーリットル」という単語がCM後から出てくるようになった。CM中にどんなやりとりがあったのだろうか。 ・来週のゲストは姜尚中(カンサンジュン)。 ・日本語には「姜」という字に対応する読みが存在しないと誇らしげに指摘する先生。 ・もちろん読みは存在する。(その昔、蜀漢に姜維という人がいてですね…) ・午後のゲストは中山千夏。 ・中山千夏はオンラインゲームをやっているそうだ。「新世界」界隈では唯一の存在ではあるまいか。 ・古事記への思いを語る中山。中山は古事記を通して古代の女性のあり方を研究し、それを現代のジェンダー論と関連付けている。 ・現代における古事記への関心の薄さについて過去の皇国史観の影響に言及する中山。「かつて古事記は悪い使われ方をしたが、古事記そのものは悪くない」 ・しかし戦前の学者だって「俺は悪いことをしている」と思いながら研究をしていたわけではあるまいし、結局は自分の主張のために古事記を利用する点ではどっちもどっちではあるまいか。 ・通販コーナーの扱い商品は寝具。 ・寝心地が良いことを表現するために三太郎が寝心地の良い声を何度も上げる。しかしそれはアシカやオットセイの性的な叫びにも聞こえ、たぶん三太郎は意識してやっている! ・いい年をした社会的地位のある人間が痴漢行為をするのはいかがなものか、と論ずる先生。 ・「やり直しの効く若い人ならまだしも」と言う先生に対し、「若かろうがそんなこと許しませんよ!」と一喝する外山アナ。 ・その後、私は触られてもかまわない触ってくれ、と言い出す老婆からの投稿複数登場。
2006年 08月 21日
通販のコーナー。
扱い商品は跨る式の健康器具。 永 「これ、鞍馬天狗の格好で乗ってみたいね」 外山 「コスプレしている場合じゃないですよ」 永 「そういえば、鞍馬天狗はよく着物で馬に乗れるね」 外山 「大岡越前だって乗ってるじゃないですか」 確かに着流し姿で馬に乗れるんだろうか。鞍馬天狗の映画は何度か見たことあるが、細部はすっかり忘れてしまった。外山アナはTBS社員だから大岡越前を出したんだろうが、あの人は袴姿だから乗馬できて当然だろう。先生を納得させる材料にはならない。 しかし、健康器具の通販で鞍馬天狗の話しかしない先生。売る気なし! 「びっくり箱」のコーナー。 今週のテーマは俳句。投稿された俳句をすべて読み上げるという太っ腹な企画(ただし放送に適さないものは除く)。私も一句投稿すればよかった。「熱帯夜 起床遅れて 乙女探検隊を聞き逃す」 なお先生は最近行われた句会で「台風の目の中になり九段坂」という句を詠んだという。そして「二位でした。無かったことにします」と、とんでもない負けず嫌いぶりを発揮。 「羅」という漢字を説明するために「シラギのラ」と言い出す先生。この辺が先生の味である。それではわかりにくいと思ったのか、外山アナは「ラシンバンのラ」と言い直していた。 幻のカメラ「アルタイル」を探すラッキィ池田。 カメラ店の主人が個人的に日本初の一眼レフカメラ「アルタイル」を製作したが、大手メーカーへの売り込み中に所在不明になった、それを探せ聴取者の皆さん情報求む、というストーリー。 関係者として登場したカメラ店主人二氏。片方は「アルタイルというぐらいだからアル」「アルタイルは彦星のこと。だから織姫が持ってているはず」などと酔っ払いみたいなことを言う。もう片方の人は「たぶん見つからないでしょう」とひどく冷淡。 また、この酔っ払い氏は「職人というものは作った物に魂を込める。だから絶対にカメラはどこかに残っている」と、いかにも先生が好みそうな発言をして大見得を切ったが、その後、アルタイルの製作者はカメラ職人ではなく写真家出身だったことが判明。こういうトンチンカンこそ「新世界」の華である。 さて、一連の中継を聞いた先生の感想(の要約)。 「売り込み先の会社のいずれかが持ち逃げしたに決まってる!」 まさにその通り!私もそう思います。ラッキィもそう思っているようだが、政治的配慮でぼやかしていた。 自宅で原稿執筆をするときは半ズボン姿だと告白する先生。 フォークジャンボリー参加のため外出したら、うっかり半ズボン姿のままだった。とても恥ずかしかった、と頬を赤らめる先生(ラジオだけど)。羞恥プレイというやつですな。
2006年 08月 20日
乙女探検隊のゲストは林家ペー・パー子夫妻。
当然ながらトークの中心はペー。パー子は笑い声で合いの手を入れる。 若いころの思い出を語るペー。師匠三平と初めて出会ったのは予備校生として上京したときのことだという(ペーは大阪出身)。こういういかにも生粋の芸人という人は中学卒業後すぐに大物芸人の鞄持ちになり…みたいな生い立ちをしていると思っていたので、林家ペーに予備校生時代があったという事実に驚き! 矢崎泰久を「やざきたいきゅうさん」と呼ぶペー。 コーナー終了後、先生たちのいるスタジオに乗り込んでくるペーパー夫妻。 「本当にカメラ持ってるんですね」外山談。 ペーパー夫妻はすぐに退出するも、その後はレポーター嬢を連れ回して都内のあちこちを移動し続け、番組の合間合間に登場する。どうもそういう台本があるわけでなく、単純にペーパー夫妻のサービス精神の結果らしい。とうとう番組終了時まで残り続けた。その間、パー子の発言は食べた蕎麦の感想を聞かれたときの「おいしかったです」のみ。ちなみに放送翌日の8月13日はパー子の誕生日なり。 通販のコーナー。今回の商品は年に二回しか企画されぬという貴重な海苔。 それを注文すると宣言する三太郎に対し「リスナー優先!」と釘を刺す先生。三太郎は宣伝上のレトリックもあるのだろうが、通販の商品を「俺も注文する」と宣言するケースが多い。それってインサイダー取引、つまり注文多数の場合三太郎が立場を悪用していい思いをしているのではないか、と私などは常々憤懣やるかたなかったのだが、今回先生のお言葉を聞いて大いに溜飲が下がった。 「びっくり箱」のコーナー。 テーマは「あなたの気になる○○もどき、ニセ○○」。 政治家もどきがどうのこうの、という投稿多数。 TBSにはチャンピオンもどきがいる、と言い出す永先生。 「カニカマボコというものがありますよね」と突然言い始め、その後延々とカニカマボコの話ばかりする永先生。 「安かったのでルイ・ヴィトンの偽物を買いました」と嬉々として語る投稿あり。大丈夫か? 午後のゲストは木村万里。 林家ペーの話題になったとき、「ペーさんはあと十年たつと面白くなる」と嫌な太鼓判を押す永先生。 高尾山天狗裁判のことを知らなかった木村万里。永六輔ファミリーは鉄の結束を誇っていると思っていたので大いに拍子抜け。 「新世界」を聞き始めて一年以上の時が過ぎたが、今回初めて気づいたこと。外山アナの笑い声を文字に起こすと「イェヒェヒェヒェヒェヒェ」。
2006年 08月 14日
2006年 08月 13日
この週も矢崎登場。
冒頭、良い葉書が多いので自分宛に寄せられたそれらを読み上げてくれと要求する矢崎。そして読み上げられた葉書の中に「矢崎さんのジャーナリスト魂を見た思いがします」との一文があると、恥ずかしいから読まないでくれと再要求。こういう矢崎の姿はかわいいとしか形容できないと思う。 さて先生はそんな矢崎に対し、「ボクシングに興味はありますか」と蟻地獄に誘い込む。矢崎はボクシングのことはあまりよく知らないと言いながら、あの試合の感想を口にする。もちろんその内容はあの試合結果を疑問視する内容である。 するとそれを契機に先生が再沸騰。 「この一連の出来事の陰にはプロデューサーがいる!」 「初めは無かった母親の姿が少しずつ現れてきている。それにつれて品の無い言葉丸出しだったのが、少しずつ良くなってきている!」 「今は母親登場の伏線を張っている状態。最終段階では試合会場にお母さんが登場するに違いない!」 「これは家族の物語だ!」 「もちろんTBSが演出している!」 「ドラマのTBSというくらいだからね」(これは矢崎の合いの手) 「TBSのドラマ班がスポーツに移ってきたんじゃないか!」 あの試合については興行の暗黒面を含めてあれこれ語られているが、母親登場の伏線を看破したのは先生ぐらいではないか。いや看破といってもまだそれが正しいか証明されていないが、もし今後あの家族のドラマに母親が堂々と登場したら、そのときこそ世界は改めて永六輔先生の慧眼に平伏すべきである。 ボクシングネタ後、フリートークというか単なる世間話。その中で 「人間とは途中から有名になると変になっちゃう。その点、永さんは初めから有名だったから変にならない」 と矢崎が語ると、その変になった人とは誰かと尋ねる先生。矢崎はボソッと 「田原とか」 と答えた。 注、田原とは田原総一郎。
2006年 08月 10日
・ボクシングについて
「負ければいいなって思っている人がいっぱいいる」 「僕がそばにいたらあの言葉遣いを直します」 先生もあの試合には含むところがあるようである。一方で外山アナに「あなたは何も聞いてませんよね」とわざわざ念を押すことで逆に外山アナもTBSの一味であると強調したり、一通り喋り倒したあとで「ただいまニッポン放送よりお送りしています」と言ったりするなど、あの試合についてTBSの電波で語ることが楽しくて仕方ない様子。 ボクシングについては番組終盤の矢崎登場(またかよ)の際に再び盛り上がるが、これについては後日後述。 ・健康三ちゃんのコーナー 安眠のためには冷房を26℃に設定しろと説く三太郎。省エネ的観点から冷房は28℃にと訴える電力会社との整合性や如何に!
2006年 08月 05日
「乙女探検隊」のゲストは志賀正浩。
途中、中継が途切れる事故発生。回復までの間、音楽やトークで場をつなぐ。そのとき、はぶ三太郎がかつて志賀正浩に怒られたことがあると告白。三十年前、志賀が司会をしていた子供番組を観覧に行った際、私語がうるさいと怒られたのだという。それを聞いた外山アナの言葉。 「三十年前って、そのとき三歳ぐらいですか?」 三太郎三十三歳。その声色や語り口から私は彼を四十代半ば以降だと思っていたので驚いたが、三太郎はこの三十三歳説を即座に否定した。「新世界」の公式サイトをチェックすると、どうやら四十一歳であるようだ。ラッキィ池田よりも若い!外山アナはそんな三太郎を三十三と断じたが、実際に会ってみると若々しい人なんだろうか。 放送終了後は京都に行って倉本聡に会うと語る先生。 昔話や伝説を現代的に改変しようというテーマで倉本と話をするようだ。 その例として先生は現在岡山県で行われている桃太郎の改変を紹介する。要は鬼と戦わずに話し合いで決着をつける、という内容である。 昔話を改変するという行為は何とも難しい。昔話に現代的意味を持たせることで昔話が生き返る、という見方ができる一方で、昔話が持つ元々の意味を損なう恐れがある、という見方もできるからだ。あと個人的には「それで面白いのか」というのもある。 新世界版金太郎 「大変だ!大江山の鬼がお姫様をさらっていったぞ!」→その後、話し合いで解決しました。 新世界版アーサー王物語 「大変だ!グィネヴィア姫が黒騎士にさらわれた!」→その後、話し合いで解決しました。 新世界版西遊記 「大変だ!三蔵法師が牛魔王にさらわれた!」→その後、話し合いで解決しました。 新世界版三国志 「大変だ!曹操が百万の大軍で攻めて来たぞ!」→その後、話し合いで解決しました。 新世界版マーハーバーラタ 「大変だ!…以下略。 先生の平和を愛する気持ちはよくわかるが、本当にこれでいいのか。そういえば、ウェルズの宇宙戦争では火星人を前に「話し合いをしよう」と近寄った一団が真っ先に殺された。先生にとってウェルズは不倶戴天である。 また先生は「どの絵本を見ても乙姫はチマチョゴリを着ている」と指摘。浦島伝説と朝鮮との関わりを重視すべきだと言いたいのだろうが、思うにこれはいつものトンチンカンだろう。あまりいい例ではないが、ネットでざっと見てみると、一般的に流布している乙姫の衣装のデザインは特にチマチョゴリを意識しているわけではないと思う。というか、絵本の挿絵を根拠にあれこれ言うのはちょっと危険だろう。こういう例もある。ただし、見栄えさえよければ真実はどうでもいい、というのは先生の根本的イデオロギーだから、これはこれでいいのかもしれない。
2006年 07月 31日
先生以外の「新世界」出演者で最も面白い人間はと言えば、それはもう矢崎泰久以外にはありえない。あの、時には太鼓持ち、時には告発者、という変幻自在の立場で先生と番組に延々と絡みつくあの芸風は何物にも代えがたい。
今回その矢崎がやってきた。私にとっては久しぶりである。 冒頭、TBSの「R30」というテレビ番組に出演したことを得意げに語る矢崎。すると先生はそれを見ていたらしく、番組中に登場した先生の写真がまるで遺影のようでこれでは人々に死んだと誤解されると抗議し始める。そしてテレビはそれまで出ていた人が出なくなると死人扱いされる危険なメディアだ、とテレビ批判を展開。思うにこれは正論だろう。ありとあらゆる手段を用いて存在を誇示しようと必死な萩本欽一がその証拠だ。 さて、今日はこのテレビ出演話が中心になるのかなと思っていたら、とんでもない爆弾が炸裂した。矢崎が「永さんは人に対して扱いが違うから」と口にした途端、先生は「人の番組に出て何なんだ!まるで僕が嫌な奴みたいじゃないか!」と激怒したのである。それでも一応その場は収まって、憲法記念日のイベントでの永さんたちのトークが面白かったからそれを活字化して出版しました、みんな立ち読みでもいいから読んでね、といった話をして矢崎は退場。すると先生の怒りは息を吹き返し、「永六輔は相手によって態度が変わるとは何だ!あれだけは許せない!落とし前をつけさせてやる!」と息巻く。 その後コーナーが変わり盆にちなんで先生が故人たちとの思い出を語ることになったが、先生は先ほどの屈辱が忘れられない。まず徳川夢声の話を始めた先生は公刊されている夢声の日記に「永六輔生意気なり」と書かれていることを示す。初期ラジオ界の超大物徳川夢声に対し卑屈にならなかった俺は相手によって態度を変えるような人間ではないと誇示する。 その他の故人たちは以下のようなものであった。 作家で演芸評論家の安藤鶴夫。かつて先生が「浄瑠璃は台詞が何を言っているのかわからない。あれは日本語ではない」と本に書いたら安藤に猛抗議された。チケット入り手紙が来たのでそれを見に行ったら安藤が待ち構えていて隣の席で「ここで泣け」「ここが面白い」といちいち解説されて閉口した。 永井荷風。永井の親族が先生の実家の檀家だった縁で永井に会ったことがあるが、汚い爺さんだった。 三島由紀夫。若いころの先生は三島由紀夫そっくりで三島もそのことを知っており、認めていた。三島は先生のことを「俺の出来の悪い弟」と呼んでいたという。また三島に頼まれて先生は三島のサインの代筆もしていたとも。現在の先生は本人よりも井上ひさしのサインがうまいと豪語。 故人ではないが美輪明宏。天草四郎の生まれ変わりと称する美輪に「あなたの前世は天草四郎の手下だ」と言われたエピソードを紹介しながら「許せません!」と静かに怒る。それとこれは私の聞き違いかもしれないが、美輪は矢崎の前世は「豆たぬき」であると宣告したという。 ところで、新世界における矢崎という人の立場はとても奇妙なもので、ゲストとしての出番が終わってもスタジオかその周辺に居残り、あとでまたぬけぬけと出てくるのである。今回も番組終盤に再登場して「永六輔は相手によって態度が変わる」発言の釈明を始めた。 「私は態度が変わるなんて言っていない。私は人間として一面体だが、永さんは多面体であり人脈が多い。そう言っただけ。それを誤解して怒り狂っている」 またもや問題発言である。うわあ、こりゃこじれるぞ、と私は思ったが、先生はこの問題発言をまったくスルー。やはり矢崎の言うとおり怒りの余り正気を失っていたのだろうか。ともかく、番組後半はコーナーの趣旨そっちのけで「俺は相手によって態度を変えるような人間ではない」という反論ばかりしていて、とても面白かった。「ここでムキになれば面白くなるな」という計算ではなくて、本当に腹を立てているのだから、面白さも倍増である。反骨を売り物にする先生にとっては看過できぬ事態だったのであろう。
2006年 07月 24日
今回のラッキィ池田は夏場の職人はどうやって暑さをしのいでいるのか調査していた。その際、毒蝮さんと同じ下駄を履いていますと公言。すると、聴取者の投稿を読み上げる外山アナが「世田谷区の毒蝮三太夫さんからFAXが…」と。相変わらず熱心な聴取者ぶりを見せつける毒蝮!
投稿の中で毒蝮は「ラッキィが俺と同じ下駄を履いても音が貧相に聞こえる」と毒づく。また、先週ラッキィから風鈴をもらったがすぐに割れてしまったとも告白。「泣いた赤鬼」の青鬼もかくやという偽悪っぷりである。もちろん実際には風鈴は割れてはおらず、ラッキィに対しても丁寧な礼状を出しているのであろう。「この婆ァ!」と罵った後で「長生きするんだよ」とささやく、いわゆるツンデレぶりをここでも披露。 道の駅紹介のコーナー。レポーター嬢は小島女史。そこには遠足か何かで子供の集団が。「どこから来たの?」と尋ねると子供たちは「しずおかぁ!」と唱和。その統率ぶりに「練習したろ!」と突っ込む先生。以前の子役一喝事件といい、先生は馴れた子供を嫌っている節がある。たぶんすでにどこかで言及されているんだろうけど、先生は子供時代の美空ひばりをどう見ていたんだろうか。 その後先生は子供たちにいろいろ質問をしたが、子供たちは我先にてんでばらばらの回答を始める。それを聞いていたラッキィ池田は自分の出番が回ってきたときに「小島さん、少しは子供たちの意見をまとめておけよ!」と突っ込む。まとめれば先生に突っ込まれるし、まとめなければラッキィに突っ込まれる。新世界のレポーターも大変である。 土用丑の日と平賀源内の関係を知らなかった外山アナ。たぶんこれは教えたがり屋の先生を喜ばせるために知らないふりをしていたんだろう。一種の接待である。 冒頭に出てきた京都のイベント。これは「どんぐり団」に絡むイベントだったようだ。 どんぐり団。 その団長位は先生の肩書きの一つであるが、私はこれまで先生の経歴の中にしか存在しない幻の組織だと思っていた。仮に実在していたとしてもはるか昔に活動停止しているのだろうと考えていた。しかし、実は今も生きていてちゃんと活動しているのである。 どんぐり団は「針葉樹はダメ、広葉樹でなくては」という先生のドクトリンの下、どんぐりの実をまいて植生の改造を目論む結社である。林業上の理由で進んだスギやヒノキの植林による弊害を覆す試みなのだろうが、先生の場合どうしても実績や成果というよりもプロパガンダ的な「見せる」ための活動に見えてしまう。あるいは参加者が「良いことをした」と一体感を得るための宗教儀礼。先生はこの汚れた日本の大地にどんぐりをまくのではなく、日本人の心にどんぐりをまこうとしているのだろう。 あと、広葉樹さえ増えれば安泰という思想は科学的に考えてどうなのかというのも気になる。どんぐりにはこういう問題もあるようだ。どんぐりをばらまくのはいけないことだという見方もできるのである。かつてグスコーブドリは冷害を防ぐために火山を噴火させて二酸化炭素大量排出を企んだが、今の世でそんなことをしたら環境テロリストとして袋叩きにされるだろう。先生が後世断罪されぬことをただひたすら祈る。 かつて先生はどんぐり団のために「どんどんどんぐり、どんどん植えよう」という歌を作ったらしいが、どういうわけか今回子供たちによるその合唱テープが投稿されて放送された。こういう濃密な一体感こそ、先生の活動が信仰的プロパガンダ的に見える所以である。 # by h_motoda | 2006-07-24 00:02
2006年 07月 23日
先週、京都八坂神社で木を植えようと訴えるイベントがあったという。そこに太田スセリが出演。「関西の人にも太田が受け入れられて良かった」「太田のためだけに京都まで行った」という投稿が紹介される。ラジオ番組があって、その出演者絡みのイベントがあって、その参加者からの報告がラジオで紹介されて…というこの双方向ぶりはネットと同じである。コンサートや講演会はオフ会みたいなものだ。先生と聴取者たちのこういう関係はもう何年も昔から存在しているだろうから、その先進性には非常に驚かされる。
乙女探検隊のゲストは作家の石川英輔。 登場時に「背中から煙が出ていますよ!」とレポーター嬢が指摘し、それを聞いた私はびっくりした。すわ人間機関車登場か!と思ったが、その煙の正体は蚊取り線香であった。残念。 石川氏は江戸時代の庶民の暮らしを扱った著作の多い作家。要は杉浦日向子の死によって繰り上げ当選した人である。そのためテーマは「江戸の人々のエコライフ」といった感じになる。江戸時代を持ち上げることで現代社会批判へ持っていこうとする先生であったが、それほど賛意を示そうとしない石川氏はなかなか一筋縄ではいかぬ人物である。環境保護で地球を救え、という内容のことをレポーター嬢が口にしたら、そんな神の視点に立つのは驕り、とすかさず斬って捨てていた。後述するがこの日は「木を植えて環境保護」というのが番組のテーマであったのに、見事なまでの冷水ぶっかけである。 通販のコーナーはデジカメの宣伝。 画像補正機能の紹介の後、「なぜ僕の顔がこんなに変わったんだ!」「それは違う人の写真だからです」というやりとりあり。それを聞いて大爆笑。萩本欽一みたいな見事な誘導戦術である。あと画素数を異様なまでに強調する三太郎。新世界の聴取層に対しそういう紹介法は余り好まれぬと思う。というか、何だか面倒そうな数字を羅列して年寄りを騙そうとしているみたいだ。 明解三ちゃんのコーナー。今週の「びっくり箱」のテーマである下駄にちなんだ言葉を紹介。 ダークダックスのゲタさんには触れていたがローマ皇帝ゲタには一切触れず。片手落ちとはこのことであろう。
2006年 07月 15日
1.特記すべき先生の主張について
・サッカーの監督はなぜ日本語を話せない奴ばかりなのか。国内に監督を任せられる人材がいないというのなら、選手も人無しではないか。 ・ジダンはなぜ頭突きをしたのか。ひっぱたくという選択肢は無かったのか。 ・(ゲストの増田明美が)素敵になったのはつい最近です。 注)現役ランナー時代はその奮闘振りが見ていて本当に痛々しかったという趣旨なのであるが、非常に誤解を招く表現である。 2.乙女探検隊について 柳沢嬢 「(今週のゲストは)俳優の沢竜二さんです」 先生 「沢さん、俳優と呼ばれるのと役者と呼ばれるのどっちが好き?」 沢 「役者です」 先生 「柳沢さん、役者と言いなおしてください」 一般的なイメージとして「俳優」よりも「役者」のほうが気取りが少なくて、先生的にはこっちが好きなのだろう。一応、沢竜二の顔を立ててという形式であるが、先生のこだわりとか偏屈とか気まぐれの単なる発露に過ぎないのは言うまでも無かろう。「俳優」とか「役者」よりももっと気取りの無い言葉があるが、それは気取りが無さ過ぎてさすがの新世界でも使用はできない。 沢竜二は先生を「今まで会った中で最も引き出しの広い人」と絶賛するが、その引き出しの中身を斟酌しないと大変なことになると思う。 3.マラソンについて ・僕も昔走っていたとき、などと過去のランナー歴をやたらに誇示する先生。 ・給水所で飲み物の容器を丁寧に返している子を見た、と主張するも外山アナに信じてもら えない先生。 ・その後、増田明美が「有森さんは魔法瓶を使用していたから丁寧に返していた」と言うと 「ほれ見ろ!いるじゃないか!」と逆襲に出た先生。 ・マラソン選手がヘソを出して走るのは空気抵抗上不利ではないかと主張する先生。 4.びっくり箱について(テーマ「60歳過ぎて始めたこと、60歳になったら始めたいこと」) ・調理師免許を取りたいという男性の投稿。「夫が料理上手になると奥さんが料理をしなくなるんですよね」とコメントする先生。それを聞いた外山アナが「いいですね」と言うと「良かないよ」と突然怒り出す先生。 ・小劇場を作りたい、そして芸人や文化人を育てたい、という投稿。そして同投稿の中でその小劇場に登板させたい人物として趙博や太田スセリなど新世界おなじみの面々が列挙される。さて私は恥ずかしながら新世界を聞いたのは本当に久しぶりなのだが、こういう追従系葉書職人が相変わらず健在であることに感動。それにしても「芸人や文化人を育てたい」という非常に高みに立った(ある意味夜郎自大な)発言がまったく嫌味にならない新世界のこの空気は非常に異様かつ貴重。 5.その他 ・「ピアス開けようかと思うんですよ!」と言い出すはぶ三太郎。
2006年 05月 09日
野坂昭如からの手紙。
手紙の中で野坂はステッキについて語っていた。先生がゲスト出演した「徹子の部屋」の放送内容を踏まえた上での趣向なのだろうが、先生はそのことについて完全にスルー。口にせずとも通じ合う、という究極の交わりを体現しているのか、それとも単に「趣向」に気づかなかっただけか。 「乙女探検隊」のコーナーのゲストは元NHKの手嶋龍一。であるが、なぜかスタジオには巨泉がいてあれこれ口を挟む。手嶋は「ウルトラダラー」という外交を舞台にした小説を出したばかりなので当然ながら国際政治が話題となった。 巨泉は初めから暴投気味で「日本に軍備はいらない。外国が攻めてきてもどんな目に遭わされるか降伏してみなきゃわからない」と言い出す。おそらくは先の大戦後のアメリカによる対日援助が念頭にあるのだろうが、世の中には始皇帝みたいに降伏した相手を全員生き埋めにするような人もいるわけで、一口に降伏と言ってもその後の運命は一か八かある。さすがクイズダービーの巨泉と言えよう。また巨泉は「イラク戦争はイラクの石油目当ての戦争だった。だから資源の無い日本はどこからも攻められない」と鋭い分析を披露。かつて第一次大戦のときにドイツ軍はベルギーを蹂躙したが、それはきっとベルギーワッフル目当ての所業だったのだろう。決してベルギーがパリへの近道だったからではない。 また巨泉は「日本の右派は本当に国粋主義なのか。親米ばっかりじゃないか!」と小林よしのりみたいなことを言い出したが、世の中に難癖ばかりつけていると結局言うに事欠いて誰でも同じところへ追い込まれてしまうのだろうか。それはもう批判のための批判であって、何の考えも無いに等しい。同じ難癖系でも先生の場合はいつも斜に構えているから柔軟性がある。それはしばしばトンチンカンも生むが、それも含めての永六輔である。
2006年 05月 05日
この週の「びっくり箱」のコーナー、お題は「私は日本人だなと思う瞬間」。
温泉につかっているとき、寿司など和食を食べているとき、といった投稿が中心なんだろうなと思っていたら、まず最初に紹介された投稿(つまり先生のイチオシ)に度肝を抜かれた。 「この国を植民地にしようとしている国のことを考えたとき」 いきなり攘夷である。外国船打ち払い令とか生麦事件とか、そういう人がまだまだいるのである。 またそうした時代錯誤とは別に、この投稿はちょっと気持ちが悪いなと感じた。熱烈な愛国的発言をしているのに、「この国」などという表現を使って客観性を保とうとしている点がそうさせるのだろう。「新世界」は微笑ましい素朴な投稿がある一方で、こうした気取ったひねくれたインテリみたいな投稿もあって、本来は正反対の性質のものなのにうまく共存しているのが不思議だ。 二番目に紹介されたのは「街頭で外国人を見て話しかけられたらどうしようと緊張したとき」というもの。その次が「菖蒲湯に入ったとき」で、私が想像した日本的風習に関するものはようやく三番目に登場である。 「びっくり箱」は一種のアンケートであってクイズやなぞなぞではないから「これが正解」というものは存在しない。しかしこのラインナップ(つまりこれを選択した先生の意識)から考えるに、「私は日本人だなと思う瞬間」というお題に対しては「それは外国が存在するとき」と答えるのが正答のようである。
2006年 05月 04日
午後のゲストとして大橋巨泉が登場。公式サイトによると「最近の政治の動向についてのお話を伺いました」。
巨泉は民主党から担ぎ出されたこともあって反自民、というか反小泉で小泉批判が噴き上がる。 いわく、「小泉の新自由主義は階級社会向け。日本はそもそも階級社会じゃない。昔どの家にもあったでしょう。『仲良きことは美しきかな』という武者小路実篤の色紙が。みんな仲良く。これが日本の姿」 先生も大いに同意していたが、これを聞いていた私はずいぶんと腹が立った。かつて「巨泉のこんなものいらない!? 」というテレビ番組があった。それは日本のいろいろな制度や仕組みを取り上げて批判するという番組で、基本的にはアメリカのシステムと比較して「アメリカではこんなに合理的なことやってる。それに比べて・・・」という論調で一丁あがりにしていた。たぶんその中では日本の終身雇用とか年功序列、一億総中流意識も批判されていたと思う。だからそれらが解体されようとしているならそれは巨泉にとってのユートピアなのではないか。それをぎゃあぎゃあ騒ぐのだから結局巨泉も他人をけなすのが好きなだけなんじゃないかと思う。小泉と巨泉では反発しあうという磁石みたいな原理があるのかもしれないが。 あと日本をまったくの平等だと言い切るのも無茶だ。実篤の色紙みたいなものを飾れる家とは、教育程度の高い人がいるような家であって、そういう家風を持つ家とは平均以上に豊かな家だと思う。先生だって「貧乏だ」と言っていた割には私立の大学に通っていたわけで、結局お前らいいとこの坊ちゃんじゃないか、と僻みのひとつも言いたくなる。 ・・・などとラジオの前で腹を立てていた私だったが、このコーナーが終わったとたんに先生の趣向が明かされて私はそれまでの怒りを深く恥じた。何とコーナー終了直後、自民党のCMが始まって小泉が出てきたのである。当時は千葉補選の前だったからそうしたCMがあったのだろうが、それまでの巨泉の戯言の数々は、小泉から金をもらって小泉批判をする、という非常に高度なギャグをやっていたのに違いない。政治やスポンサーを超越したこのギャグこそ、ついに日本のギャグ番組がモンティパイソンを越えた瞬間なのではあるまいか! 巨泉 ![]()
2006年 04月 24日
七七七七回記念として、という理由でかつて放映された永忠順登場回のVTRが紹介される。なんと、先生のご尊父は「徹子の部屋」にゲストとして招かれていたのである。また、夫妻で招かれている回も別にあり、下手な芸能人よりも手厚い扱いである。さらに黒柳の説明によると、このVTRは黒柳が個人的に保存していたそうで、まったくもって破格の扱いである。というか、黒柳が個人的に保存していたものを放映ということは、テレビ朝日にはこの映像が保存されていないのだろうか。何となくであるがテレビ朝日の倉庫には過去の「徹子の部屋」全映像が保存されているものだと思い込んでいたので軽い衝撃を受けた。昔はテープが高価だったので収録した番組を保存するという概念が希薄だったそうだが、「徹子の部屋」というネームバリューの高い、あるいは資料的価値の高い番組でさえ、そういう扱いだったのだろうか。少し寂しい話である。
なお忠順師夫妻を拝見した感想はというと、先生はその髪の生え方は父親から、あごの形態は母親から受け継いでいるんだなと思いました。 さて、今回の「部屋」はこの黒柳秘蔵映像で終わり。 何かこうもっとすごいものを期待していたのだが、全体として無難に平穏に過ぎてしまったように思われる。去年は先生と黒柳の間で話がまったく噛み合っていないというアナーキーな展開で、それを見て感動したことが当ブログ開設の一理由でもあったのに少々残念。ただし今回は「爆弾三勇士」というフレーズを聞けたことを以って良しとしようと思う。
2006年 04月 20日
骨折の次はモンゴル訪問の話である。
ここでおもむろにポンチョのようなものを羽織る先生。それはモンゴル風ジャケットだという。モンゴル風というのがミソである。それはモンゴル訪問時に手に入れたものではなく、別の機会に黒柳から贈られたものだそうだ。早い話、モンゴル訪問とは何の関係も無いのである。そこまでして黒柳との仲を誇示したい先生の必死さが微笑ましい。 さてモンゴル人は日本の相撲に興味を持っており、向こうでは相撲の話題で盛り上がったという話が出る。ここでモンゴル人から出た素朴な疑問を紹介。 1.国技館ではなぜ屋根が宙に浮いているのか 先生によると、昔は柱もあったがテレビ中継が始まると撮影の邪魔になるので柱と屋根は廃止された。しかしそれだと呼び出しの声が拡散してよく聞こえない。そこで復活したのだという。呼び出しについて触れるとき、先生は不意に「ひぃがぁしぃ~」と呼び出しの声を真似たのだが、なかなかの美声であった。 2.なぜ包帯を巻いた怪我人が試合をしているのか これは俺もそう思う、と先生も言っていた(「俺」とは言っていないが)。「パラリンピックじゃないんだから」とも言った。厳密に言うとパラリンピックは怪我人の祭典ではないが、細かいことは言いっこなしである。そういえば少し前の「新世界」で先生は「パラリンピックなんてやめて障害者も健常者も同じ土俵で戦うのが真のバリアフリー」という趣旨のことを言っていた。同じ競技でもパラリンピックの場合は使用器具やルールが異なるだろうからそれは無理な話というものであろう。先生はパラリンピックに対してあまり良い印象を持っておられぬ様子である。 3.化粧回しについている太い綱は何か 先生はシメ縄の持つ神聖さをモンゴル人に説明しようと思ったが、困難を感じ断念したという。そして「俺が百歳だったらいくらでも説明できるんだが」と付け加える(「俺」とは言っていないが)。相撲の話の前に「百歳を越えたら誰にも気兼ねせずに好きなように喋ることができるようになるね」という話が出たのを踏まえての発言であるが、今の時点でも誰にも気兼ねせず
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